覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

擲たれし聖処女

 永遠の死と光に囲まれて 白樺の梢に贄と
なつていた 罪ふかい傷痕の滴りに 見惚れ
ながら 即ち私は 忘れはてた祈禱の姿勢を
整え 一粒の麦を踏みつけていた

 この邦の新しいたましいのように するど
く屹立する みはるかす樹氷群の涯に 洋々
と流れつづける ヨルダンのほとりに ひと
びとよ 試みに佇ちてみ給え

 蜃気楼のように 彼岸の乙女たちは ふた
たび 伝道館の建つ刻を希う 刺繍の輪より
 孤りはなれ うつむけばマリアのような
かの片頬をひきつつている

 白い瞳の奥の氷花を溶かす 焼きたての黒
い麺麭を 私の胸の空洞に啄ばむでくる 一
羽の禿鷹 かぼそい肋に聖歌を圧しつぶす
痛烈な翼の下には もはや

神より発するものは絶えていた

人見勇詩集『襤褸聖母』より