覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

2014-11-01から1ヶ月間の記事一覧

聖なる脱出

ひそやかに祈禱の血を焚いていた ほの紅い煖炉の唇が吸いよせている 眩し い仮睡の時間 降誕祭の訪れを待つ ソフア の少女よ 眼ざめてはいけぬ 偽善に狎れた マスクを外し この部屋の扉を十年ぶりに開 ける 私の気配に この世の傷ましい肉をまとうていた 私…

擲たれし聖処女

永遠の死と光に囲まれて 白樺の梢に贄と なつていた 罪ふかい傷痕の滴りに 見惚れ ながら 即ち私は 忘れはてた祈禱の姿勢を 整え 一粒の麦を踏みつけていた この邦の新しいたましいのように するど く屹立する みはるかす樹氷群の涯に 洋々 と流れつづける …

襤褸聖母

聖なる御名が どすぐろい運河の風にふき ながされてゆく またも かたくなな僕を誘 う 一篇の祈禱会のしらせに すでに こた え得るものは ひとしおあたたかく やわら かであつた 曾つて 僕の懺悔の書であつた あの切支丹史の灰ばかり 最后の雪のような 白い悲…

傾く木椅子

たとえ よしたとえ僕の死の計算に 枳殻 のとげの露ほどの懐疑を つき刺したとして も 菊の骨に肖た あなたの手は 屍室の扉 に ふたたび 触れてはならぬ むしろ あの鍵穴に澄む 神の瞳を抉る かえり血にまみれながら 崩れかけた鐘樓を 仰ぎ いつも 殆んど真暗…

小さな襤褸の瞳

黄昏の鐘の音がしみわたつているあの枯芝をいだくように 垂れている 水仙の葉にも あなたの息子はと言えばあんなに雪が囁きかけている今宵 ふと讃美歌をうたう 母の刺繍の針にも肖た 光が またもつき刺さつてくるぼくの疾む脳髓を軋りながら坂をのぼつてゆく…

最後の晩餐   みずからの生命を断ちし若き画徒扇谷宏一に

私の背後で 閂の引かれる音を聴く 渇いた神々のしぐさ 獣くさい匂いを放つ 栗の花を咥え 死の額縁よりの 落下を待ちかまえる 灰色の光の罠私は とある 星の蒼い瀑布の沿つて 駈けぬく 病んだ犬のように 燃える戎衣をまとう男のように 時折 清冽な流れに 魂を…

埴原一亟「書けないの弁」(『文学無限』第十六号 昭和35・1・1)

同人雑記でもと言われたが、どうにも書けない。血圧が高いせいかもしれない。それとも入院中の妻のかわりに保育園という経営者とも小使ともつかぬ仕事をやつているからかもしれない。 書くからには思いきつて力をいれた小説をと意気込んでいるわけではないの…

悪い鏡

どうして 幕間に逝く光を断念出来よう あたらしい 雪の結晶の斧に 茫然と 不 信の頭蓋をうち砕かれた 僕の精神の位置は 家庭という かなしく生きている 人間の 格子にとつては まるで水葬がふさわしい 筋のわからぬいつぴきの獵犬 うすい寵愛の 皿 手入れの…

冬の使徒

まるで ジヤムにでもたかる蟻のように 銹びた鉄柵のなかで なつかしい骨の灰を掻 きまわしるづけている ものうげな僕の誕生 日に いみじくも 剪りたてのレモンの薫り をただよわす たしかに あなたの乳房の血 にひめられていた あの雪渓の肌をふきおろ す風…

天国の罠

冴えた星がひしめく 悖徳の肩に からく りの血のしぶきが灯る 愚かにも銹び果てた 鉄の提燈をかざし さて僕は ただ一個の疾 める廃墟の影となり ぼんやり 甘美な憔悴 にいのちをなげかける 花舗のウインドの暗 がりに ちらと光る青い棘 凍つた蝶の息づ きに …