覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

埴原一亟「書けないの弁」(『文学無限』第十六号 昭和35・1・1)

 同人雑記でもと言われたが、どうにも書けない。血圧が高いせいかもしれない。それとも入院中の妻のかわりに保育園という経営者とも小使ともつかぬ仕事をやつているからかもしれない。
 書くからには思いきつて力をいれた小説をと意気込んでいるわけではないのに、どうも書けない。私は書けなくなると二十数年まえに手に入れた佐藤春夫の手紙をいつも想い出すのである。その手紙は大正八年五月十一日の消印があり、博物館(注:ママ)編集部の加能作次郎にあてたものである。その手紙を次に公開して私の書けないの辯にする。

  拝啓、突然ながら

  どうしても出来ません。書きかけた奴はどうしてもものにならないのです。それに昨晩からゼンソクの徴候があつて、筆がとれないのです。あてにして下さつたものを全く済みませんがどうぞゆるして下さい。私は妙な性分で、もうこうなると一行も書けなくなるのです。私は当分休養しなければなりますまい。雑誌の編輯者としては、私の不都合をせめて下さい。併し無気力な私をこんな場合、あなたも作家として同情して下さい。今日の心持は全く絶望です。うまいものが、いいものが出来ないから、といふのではありません。いいにも悪いにも、もう一行もつづけられないのです。拝趨の上お詑びする筈ですが、からだの具合で、これで失礼します。
     十日夕方
            佐藤春夫
 加能作次郎
  雑誌改造も同じわけで勘弁してもらひました。