覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

悪い鏡

どうして 幕間に逝く光を断念出来よう

 あたらしい 雪の結晶の斧に 茫然と 不
信の頭蓋をうち砕かれた 僕の精神の位置は
 家庭という かなしく生きている 人間の
格子にとつては まるで水葬がふさわしい
筋のわからぬいつぴきの獵犬 うすい寵愛の
皿 手入れの欠けた爪で 聴き給え かがや
く白いタイルの階段で 天の竪琴を弾く う
んざりする死の前駆 ありふれた追憶と習慣
のうたを――

どうして 洋燈をめぐる闇が信頼出来よう

 あんなにあかるい「炎の河」に ふたたび
身を投げるには 僕たちは ただ黒い麺麭を
 ひややかな接触でひき裂けばよいのだ も
はや 水浸しになり果てた キリスト受難像
 ああ いやに唇より噴きあげてくる うら
ぎりの薔薇の血 二十七羽の小禽の洗礼 僕
には まだまだ 懺悔の夢は訪れぬ そして
 むしょうに杳かな 地球のかげの断崖をき
わめる 巻尺の終焉の一瞬――

どうして 墓穴のしづけさを圧殺出来よう

人見勇詩集『襤褸聖母』より