覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

天国の罠

 冴えた星がひしめく 悖徳の肩に からく
りの血のしぶきが灯る 愚かにも銹び果てた
鉄の提燈をかざし さて僕は ただ一個の疾
める廃墟の影となり ぼんやり 甘美な憔悴
にいのちをなげかける 花舗のウインドの暗
がりに ちらと光る青い棘 凍つた蝶の息づ
きに 夢みるような「罪」の蕾の愛らしさ

 闇だけがしづかに起きている この港町の
地底にとどろく 流氷の谺を孕み はるばる
異国より帰つてきた とある姉妹の黒髪に生
きいきと薫りはじめた なみだの涸れたリボ
ン 真紅の薔薇 純白の水仙 かなしく 信
仰の手を組み違えてしまつた 喪われた「愛」
の時間の ロマネスクなガラス絵の儚さ

 気がつくと ざらざらに曇る 僕の思想の
窓にも鮮やかに走つていた 琥珀色の十字の
罅に 洪水のようにあふれてくる おびただ
しい花の悲哀 打ちひしがれた瞳の奥に あ
んなにやさしく揺れている あかつきの光の
鞦韆より いつも濡れてあたらしい喪服を
ひるがえす 天使の指輪を索しもとめて……

 こころよく僕は「死」の方舟に怠惰な青春
を傾けていく ああ なんという愉しさ

人見勇詩集『襤褸聖母』より