覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

遁走のうた

或る殺意をひめた
ジユラルミンの波動が遠のいてゆく
さみしい肋骨のアンテナに ひととき
鰯雲のさざなみがうちよせてくる

 ――ひたひたと 懶惰の脚を洗う 裂けた
地図の湖のほとり 自殺した友をおもう青林
檎の歯型に なおも 鉄路づたいに迫つてく
る 銹びついた鎖の階段の風…たしかに
たつたいま 世界の何処かで試みられている
 最後の輪投げに おののく折れ蘆のかげで
 ぼくは あの墓石のように聳つ 嶺々のし
づけさに 悪い胸を圧されつづけていた ひ
とり しろがねの柩の釘穴をみつめながら

 ああ 天の檻に光る
 窶れはてた父の斧の瞳
 あなたの聖書の灰が降りかかる
 このパンを けさもさわやかに焼きながら
 またしても ぼくは
 こつそり 注射針の企みに堕ちてゆく

 花芙蓉の露をつき刺す
 夜光時計のひややかな速度のなかに

人見勇詩集『襤褸聖母』より