覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

夜のシクラメン

雹が熱い瞼をたたいてゆくと
ほのかに匂つてくる

まだ青い心臓に肖た
傷む葉のかげから

灰にまみれた翅をひらく
白い蝶の影が
遺された木琴をかなでながら

消えてゆく 肋骨の夢の果て
あんなに隧道の中に垂れている

星の氷柱をつぎつぎ鳴らしてゆく
墓石の馬車の鞭よ

ああ 今宵も

小さな肖像画を背にしたまま
佇ちつくす 懺悔の足もとで

昨日の剃刀をといでいる
夜の断崖の風よ

シクラメン
あたらしい蕾にふれながら

人見勇詩集『襤褸聖母』より