覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

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ラディゲより七つ永生きしたが、タクボクより一年早く天に歸つてしまつた松本良三は、生れつきの歌詠みと言ふべきであつた。田舎に居て花や魚や蝶や牛や季節や風景や人間などを歌つてゐた頃の彼の歌には、木瓜や木蓮などの花が持つてゐるやうなありのままのうつとりさせるやうな愛嬌と素樸な色つぽさが備はつてゐたものだ。通學の爲に東京と田舎との間を二股かけるやうになつてから――そして突然周囲に捲起されたモデルスムの嵐に身を柔まれると、かれの努力とその持前とは、松本良三のポエジイの中に、意欲と無心、モダアンと樸訥、牧歌と都會的景物詩などの互に相反した幾組かのエレマンに依る獨特のカクテルが醸成され出した。イマアジユを飛んでもない方法で結び付けたり、エキゾチスムに身を任せたり、當の附かないやうなやり方で人生をあてこすつて微笑したりすることでも彼は既に大勢の人には附いてはいけない相當な所まで行つちまつてゐたが、横町の家並の間や、晴れ上つた街の空のあたりに、時としてかれがハンカチのやうに吹き流しておく牧人の角笛ののんびりとした響きは、やつぱりあいつだなとにこりさせる。「松本位短歌の好きな男を見た事がない」と石川信雄をして歎じしめたかれ、文學で身を立てる決心をした結果、小説に專心しようとしてゐたが、その期間のまだ至つて短かく、當然その生れつきから言へば、かれはもつとも歌詠みらしい精神を備へた歌詠みだつたやうに思はれるのだ。ジャムの魂を以て、――ジャムは驢馬の仲間で、良三は黄牛の友であつた――アポリネエルたらんとしてゐた、この天眞の男は、『街の角笛』と仇名すべきだ。