覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

伊藤整「文藝レビユー七月號(その他)」『文藝レビユー』p57―58

衣卷省三「パラピンの聖母」
 彼の久し振りの創作である。そしてそれは僕等の期待を裏切らず、がつちりとした構成とインサニテイを取り扱ふ一つの新しい方法とを掲げて現はれた。主人公の芝道夫の言葉の記述を作品の主體としたことは、最近の世界文學の有力な潮流である意識の流れのメトオドと呼應するものである。そして芝道夫が會話のみによつて、完全に描き出されてゐるに對して、江上次郎は外部的な正統な筆によつて克明に殆ど欠點なく描かれてゐるにも拘らず、芝道夫の描寫よりも幾分弱く感ぜられる。だがこれは決して作者の欠點では無い。この作品の中に同居した二つの異るメトオドの異る効果によるのである。作者が芝を獨自によつて描いたのは素材の性質によつたのであらうが確かに新しい試みである。それが正統的な描寫法に對立して、一層強い効果を示してゐる點で、この作品は、今の僕等に相當大きな問題を提出するものと信ずる。