覚書

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「けしかけられた男」同時代評

伊藤整「三月號を讀んで」『文藝通信』s10/4/1

 翰林の衣卷省三氏の「けしかけられた男」はもう大分連載されてゐる小説であるが近來力のこもつた作品である。同人雜誌でははつきり群を拔いてゐる。モデル問題などあるやうだがそれは作家としては仕方のない事である。

駒井伸二郎「文藝時評」s9/12/1

 衣卷省三氏「けしかけられた男」ここにあるまともさ(圏点まともさ)を私は恐しいとさへ思ふ。どうしたらこのやうに正直な文章が出來るのだらうか。この作家が詩人であるといふことは何らそのやうな説明にはならぬ。私はかういふあらはな感情に出逢つて、この作者のために裸の文章に覆ひをしなくてはならないやうな、いつ見れば恥らひに似た周章さを感じる。この見ごとさは、「空・陸・海」が云つてゐるが如く、「大雜誌にみられぬ全然違つた世界」のものであつて、明かに、新しさの豐富な面をもつものである。更に作者の精進を祈つて完結をまちたい。