覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

川端康成「同人雑誌の作品『池のほとり』其他」『時事新報』八月三日

最も特色のあるのは、一戸務氏の「春をおくる人々」(新作家)、衣巻省三氏の「落ちたスプウン」(新作家)、阪本越郎、北園克衛両氏の合作の「ムツシユシヤアレ珈琲店」(新作家)なぞである。(中略) 衣巻省三、北園克衛の二詩人の小説は、一般の小説の読…

左川ちか「衣卷さんと詩集『足風琴』」昭和九年十一月一日『椎の木』第三年第十一号

村野四郎「詩集『足風琴』衣卷省三氏著」『詩法』

衣卷氏の詩を讀むことは僕にとつて非常に久し振りだ。あの屈托のない詩集『こわれた街』以來のことだ。 彼の詩のお行儀の惡さは昔ながらのものだが、詩が赤いネクタイをつけて、ちよっとはにかんでゐるところも衣卷氏の儀禮なのである。概して『足風琴』は非…

伊藤整「文藝レビユー七月號(その他)」『文藝レビユー』p57―58

衣卷省三「パラピンの聖母」 彼の久し振りの創作である。そしてそれは僕等の期待を裏切らず、がつちりとした構成とインサニテイを取り扱ふ一つの新しい方法とを掲げて現はれた。主人公の芝道夫の言葉の記述を作品の主體としたことは、最近の世界文學の有力な…

谷崎精二「文藝時評」『早稲田文學』昭和10・11・1

衣卷省三氏の『黄昏學校』には獨身な女教師の生活が描き出されてゐる。暢達な筆致だが、彼の女の生活の上面を撫でゝゐるだけで、作者の神經は作品から遊離してゐる感じがする。現實への切り込み方が不足である。

井上幸次郎「文藝時評」昭和11・6・1『早稲田文學』

「仲人氣取」(衣卷省三氏)は、此の作者に珍しく調子が低い。それに冗漫である。一寸面白い人間も出て來るが……。

岡田三郎「文藝時評」『新潮』昭和

衣卷省三氏の「黄昏學校」も、私には見馴れた文學の世界である。私のやうな荒らくれた人間世界を小説でほじくりかへしてゐるやうな人間には、衣卷氏の小説はまるで裏がへしの世界のやうにも見られるが、押しをつよく言へば、かういふ小説の世界は、とうの昔…

編輯後記(近重憲太郎?)『翰林』s8・9・1 第一巻第二号

新秋の風に托して第二號を送る。小説欄は寂しいが、書く筈だつた秋澤三郎は愛妻の獨立展制作の監督、衣卷省三は東京灣ヨツト周航、近藤一郎は珍らしく社會見學のための新聞社づとめ、岩下明男はデリケエトなからだを暑氣にやられて等々の理由で原稿ができな…

福田清人「新刊批評 三册の小説」(『翰林』s8・9・1)

衣卷君の建設する特異な現實の城郭の掘はわれ等の越そえないものがある。君と室を共にする時、たまたま長身の男の扉を排して入来するや「あつ天井が下つた」と驚かせ、一杯の清水を汲まうと吸上ポンプを力をこめておすと、「そんなに力を入れると井戸もろと…

「けしかけられた男」同時代評

伊藤整「三月號を讀んで」『文藝通信』s10/4/1 翰林の衣卷省三氏の「けしかけられた男」はもう大分連載されてゐる小説であるが近來力のこもつた作品である。同人雜誌でははつきり群を拔いてゐる。モデル問題などあるやうだがそれは作家としては仕方のない事…

阪本越郎「作家と態度」(『季刊文学』第六冊 昭和八年六月十七日 厚生閣書店)

今度《パラピンの聖女》といふ小説集を新刊した衣卷省三はこのカンケ燈を潜つた作家であると僕は考へる。彼の中にはダダ的情熱があつて、それを押し殺してゐることがよく分かる。それ故こんなに面白い作家がゐるといふことを知られずにゐたことになる。正し…

北園克衛「小説する態度の進化」(年刊「小説」1932厚生閣書店版 「誌と詩論」別冊 昭和7・1・18)

この完璧な作品に對して(注「薄手のバラ」)、僕の希望し得ることは小説はその讀者に對しても世俗の機構、感情に興味を呼び醒すことが最高の目的ではないことであると言ふことを、強調したい。あるひはこの不服こそ僕の弱點でもあるだらうことを反省するよ…

田村泰次郎(目次は泰治郎)「「けしかけられた男」」『翰林』昭和10・7・1

衣卷君「のけしかけられた男」(ママ)は『翰林』に連載されてゐたとき、にしばしば讀んで、特異な、詩的なエスプリがまるで寶石か何ぞのやうにいたるところに散らばつて、妖しく光つてゐるのが、ひどく眼についた。 いま纏めて讀んで見て、感じることは寶石…

竹中郁「へんな広告文」『マダムブランシュ』16昭和9・6・1

〈足風琴〉の詩人衣卷省三君は、なるほど足で風琴でもかなでられさうな何でもやればやつてのける藝術家である。 じつは私は詩集の名の〈足風琴〉しか知らんので廣告文など書く資格はないかもしれない。しかし、その書いた詩は見ずとも、一夜衣卷君と神戸のハ…

北川冬彦「こわれた街」衣巻省三著 『詩と詩論』s3・12・5 第二冊

もう七、八年前にもならう。何しろまだ僕が若冠三高の生徒だつた頃の事だから。 松花江河畔のハルピンで一週間ほどを過した或る夏の夕方のことだ。舗道に埋められた拳よりも大きな石ころに躓きながら不案内の街を歩いていると、突然、いきなりうしろから僕は…

北園克衛「衣卷省三著 詩集『足風琴』」『レスプリ』ボン書店(第二冊昭和9・12・1)

村野四郎氏は《足風琴》に就いてこんな風に書いてゐる(概して足風琴は非常に肉體の匂ひがつよく、これに、やや精神的なものが瀟洒な洋服を着せるといつたところだ)僕は村野氏とは逆で滑稽であるが(概して足風琴は非常に透明な精神が非常に肉體的な洋服を…

伊藤整「文藝レビユー七月號(その他)」『文藝レビユー』p57―58

衣巻省三「パラピンの聖母」 彼の久し振りの創作である。そしてそれは僕等の期待を裏切らず、がつちりとした構成とインサニテイを取り扱ふ一つの新しい方法とを掲げて現はれた。主人公の芝道夫の言葉の記述を作品の主體としたことは、最近の世界文學の有力な…

村野四郎「詩集『足風琴』衣卷省三氏著」『詩法』

衣卷氏の詩を讀むことは僕にとつて非常に久し振りだ。あの屈托のない詩集『こわれた街』以來のことだ。 彼の詩のお行儀の惡さは昔ながらのものだが、詩が赤いネクタイをつけて、ちよっとはにかんでゐるところも衣卷氏の儀禮なのである。概して『足風琴』は非…

後記

『文藝レビユー』s4/7/1 第一巻第五号「後記」 尚、春山行夫、衣卷省三、澤田伊四郎の諸氏は、その他の數人と共に、校了後到着のため、まことに殘念であつた。(崎)

三田文學

s7/5/1 7巻4号(奥付コピーミスか?要確認 号数は目次と一致) 今井達夫「三月號同人雜誌展望」「衣卷省三氏の作品」「病状」(新文藝時代)は漢字とニユアンスを持つ作品ではあるが、作者の自己陶醉の度が強過ぎはしないであらうか。症状を眞實に描くことは――…

「荒地」(青騎書房)目次

「荒地」(青騎書房)1巻1号 s9/6/1 作品 鬼籍 森本忠 眼 秋澤三郎 赤い痣 今野惠司 風物 伊藤整 詩 落葉の木靴 乾直恵 隨想 けれども私は生きなければならない 永松定 裁ちつくす 十和田操 飜譯 テイー・エスエリオツト 荒地 町野靜雄 ノオト にんじん 永松…

荒地(青騎書房)編輯後記

「荒地」(青騎書房)1巻1号 s9/6/1 「編輯後記」 第二號には永松、衣卷、上林、乾、十和田、蒔田等の創作の外、北村のエリオットの評論の連載根津のコマンの「海邊の墓」の註解、新庄のマリタン「コクトオへの手紙」花島のアルランの小説その他が載る豫定。…

同時代評

「翰林」1巻3号 s8/10/1 十返一「文藝時評(二)」 「文藝汎論」短篇九人集では、冒頭の衣卷省三『睡る肉體』が斷然白眉であらう。最後まで、退屈しずに讀んで感心させられた。