覚書

知られていない人や作品を紹介したいです。

「随筆」二十七日會編集

「随筆」陽春創刊号 1951・6鬼哭 加藤武雄 1 モラリスト 丹羽文雄 2 外村繁愛すべし 長崎謙二郎 2 グレアム・グリーンについて 遠藤慎吾 3 ■ わたくし小説 岩崎栄 4 春霞(俳句)大林清 5 ■ 立春大吉 戸川貞雄 6 二十七日会とはちまき 笹本寅 6…

聖なる脱出

ひそやかに祈禱の血を焚いていた ほの紅い煖炉の唇が吸いよせている 眩し い仮睡の時間 降誕祭の訪れを待つ ソフア の少女よ 眼ざめてはいけぬ 偽善に狎れた マスクを外し この部屋の扉を十年ぶりに開 ける 私の気配に この世の傷ましい肉をまとうていた 私…

擲たれし聖処女

永遠の死と光に囲まれて 白樺の梢に贄と なつていた 罪ふかい傷痕の滴りに 見惚れ ながら 即ち私は 忘れはてた祈禱の姿勢を 整え 一粒の麦を踏みつけていた この邦の新しいたましいのように するど く屹立する みはるかす樹氷群の涯に 洋々 と流れつづける …

襤褸聖母

聖なる御名が どすぐろい運河の風にふき ながされてゆく またも かたくなな僕を誘 う 一篇の祈禱会のしらせに すでに こた え得るものは ひとしおあたたかく やわら かであつた 曾つて 僕の懺悔の書であつた あの切支丹史の灰ばかり 最后の雪のような 白い悲…

傾く木椅子

たとえ よしたとえ僕の死の計算に 枳殻 のとげの露ほどの懐疑を つき刺したとして も 菊の骨に肖た あなたの手は 屍室の扉 に ふたたび 触れてはならぬ むしろ あの鍵穴に澄む 神の瞳を抉る かえり血にまみれながら 崩れかけた鐘樓を 仰ぎ いつも 殆んど真暗…

小さな襤褸の瞳

黄昏の鐘の音がしみわたつているあの枯芝をいだくように 垂れている 水仙の葉にも あなたの息子はと言えばあんなに雪が囁きかけている今宵 ふと讃美歌をうたう 母の刺繍の針にも肖た 光が またもつき刺さつてくるぼくの疾む脳髓を軋りながら坂をのぼつてゆく…

最後の晩餐   みずからの生命を断ちし若き画徒扇谷宏一に

私の背後で 閂の引かれる音を聴く 渇いた神々のしぐさ 獣くさい匂いを放つ 栗の花を咥え 死の額縁よりの 落下を待ちかまえる 灰色の光の罠私は とある 星の蒼い瀑布の沿つて 駈けぬく 病んだ犬のように 燃える戎衣をまとう男のように 時折 清冽な流れに 魂を…

埴原一亟「書けないの弁」(『文学無限』第十六号 昭和35・1・1)

同人雑記でもと言われたが、どうにも書けない。血圧が高いせいかもしれない。それとも入院中の妻のかわりに保育園という経営者とも小使ともつかぬ仕事をやつているからかもしれない。 書くからには思いきつて力をいれた小説をと意気込んでいるわけではないの…

悪い鏡

どうして 幕間に逝く光を断念出来よう あたらしい 雪の結晶の斧に 茫然と 不 信の頭蓋をうち砕かれた 僕の精神の位置は 家庭という かなしく生きている 人間の 格子にとつては まるで水葬がふさわしい 筋のわからぬいつぴきの獵犬 うすい寵愛の 皿 手入れの…

冬の使徒

まるで ジヤムにでもたかる蟻のように 銹びた鉄柵のなかで なつかしい骨の灰を掻 きまわしるづけている ものうげな僕の誕生 日に いみじくも 剪りたてのレモンの薫り をただよわす たしかに あなたの乳房の血 にひめられていた あの雪渓の肌をふきおろ す風…

天国の罠

冴えた星がひしめく 悖徳の肩に からく りの血のしぶきが灯る 愚かにも銹び果てた 鉄の提燈をかざし さて僕は ただ一個の疾 める廃墟の影となり ぼんやり 甘美な憔悴 にいのちをなげかける 花舗のウインドの暗 がりに ちらと光る青い棘 凍つた蝶の息づ きに …

夜の流水

ひらひらと ちいさな聖霊に肖た翅ばたき が 涸れはてた運河より這い出る 僕の蓬髪 を濡らす 冬の太陽のかけらのように カナ リアのくちばしが 可憐にも堀り起す ぶざまな ダリアの球根 あざやかな 若い魔術の凌辱 いやに 犯した眼が ちかちかしすぎる がらん…

天の竪琴

――すでに この邦の太陽もひびわれている のであろうか ああ あんなに手招きしている 自殺した 友の白い額縁にめくるめく 誰もうたわない 灼けただれた砂の海に 喀きつくした葡萄 酒の壜がただよう 僕の胸には いまもなお 銹びついた神の銃弾がつき刺つている…

ぼくの世界も病んでいる

この頃 狹くるしい家のなかにまで燻る いやな地球の排泄物の臭気に ジリジリ馴ら されながら きまつていつも 黄昏になると 臥ているぼくの胸の洞穴には やさしく 刺繍糸の祈りが充ちてくる あれは爆傷でひきつつた 黒い天使の片えくぼであろうか ああ あなた…

遁走のうた

或る殺意をひめた ジユラルミンの波動が遠のいてゆく さみしい肋骨のアンテナに ひととき 鰯雲のさざなみがうちよせてくる ――ひたひたと 懶惰の脚を洗う 裂けた 地図の湖のほとり 自殺した友をおもう青林 檎の歯型に なおも 鉄路づたいに迫つてく る 銹びつ…

眼をつむる降誕祭

ひびわれた 手鏡の中のレールを 蒼い猫が横ぎつていつた仰向けになつた ぼくのベツドの橇を索いてゆく 水銀のような細い手キシキシ キシキシ 湖の氷面鏡が歪むたびに 石膏の片脚が近づいてくるああ こんなにも揺れ合う 血の提燈を贈つてくれたナザレの隕星も…

白昼夢

ゆるされた 光の涯をみつめながら 流木の罠の中に疾んでいるくらげは 今日も漂う重油に喘ぎあえぎ 浮標にさみしく語つている 丘の白百合の聖歌に送られて 船出のテープにもひらひらゆれる ――善意を信じるかなしみについてああ そんな ひとときも あかるく ぐ…

冬の夜のダイビング

ゆうべ ぼくは 疾む世界を脱けだし 凍える雲の飛込板佇つていたしきりに 血尿を放つ涸れたプールの底には 共同墓地の 白い十字架の影が刻まれて――いつか銹びついたまま胸につき刺さる弾丸を するするかすめては 堕ちてゆく 小さい落日のひかり重たげな空気の…

夜のシクラメン

雹が熱い瞼をたたいてゆくと ほのかに匂つてくるまだ青い心臓に肖た 傷む葉のかげから灰にまみれた翅をひらく 白い蝶の影が 遺された木琴をかなでながら消えてゆく 肋骨の夢の果て あんなに隧道の中に垂れている星の氷柱をつぎつぎ鳴らしてゆく 墓石の馬車の…

手鏡の風のうた

花瓶 いくたびか 喀きつくした 葡萄酒の壜の底に 眼ざめると けさも ひえびえと はるかに匂う 菊の骨に肖た腕よ 体温表 新しい水平線に漂う 喪のリボンにひかれながら また 氷嚢を吊す指が なまぐさい曲線を描いてゆく とある病院のタラツプへ 林檎 すでに犯…

鎮魂歌

朝焼音もなく まだ胸を覆う 銹びついた鉄の扉をあけて 一瞬 撃たれたままの 一羽の小鳩をつかみ出す 血の海の腕 流水ひととき 豪雨が去ると また 砂のベツドを脱け出し 波間に描く 傷む背髄の幻想 どこかに漂う 洗礼の衣を たしかに沈む 青い真珠を 墓地つぎ…

花氷

あんなに海の母が呼んでいたながれ星を いくたびか 摑み去る 銹びた起重機の影が白昼の夢の園から こつそり 灼けた砂のベツドにおりていつた氷塊にうつすらと捺された あの聖らかな手型を 救いのような氷のかけらをみるみる 溶かし去つてゆく 新しい「音楽の…

黒い花環についての記憶

いつからか 凍てつく港町の甃をあるいていた 銹びたた鎖をひきずつて 僕は 遺愛の讃美歌集をいだき かたい古本屋の戸を かたい古本屋の戸を あてどなく たたいては押した 更に 熱い釘をのむ証(あかし)のために とある 肉屋の冷蔵庫から 灼けた庖丁が躍り出…

前川佐美雄「或る一季節のはなし」『日本歌人』創刊号

「カメレオン」の前身「短歌作品」を創刊したのは昭和六年一月であつた。この「短歌作品」は最初からケチがついてゐた、といふのは創刊号の編輯を済まさぬうちに私は腸チフスに罹つて帝大病院に入院した。創刊号を早崎君が持つて見えた頃はまだ熱が相当ひど…

日本歌人創刊号 広告

ラディゲより七つ永生きしたが、タクボクより一年早く天に歸つてしまつた松本良三は、生れつきの歌詠みと言ふべきであつた。田舎に居て花や魚や蝶や牛や季節や風景や人間などを歌つてゐた頃の彼の歌には、木瓜や木蓮などの花が持つてゐるやうなありのままの…

村木竹夫「衣巻省三、北川冬彦、安西冬衛三氏のグリンプス」『ファンタジア』第二輯 昭和

衣卷省三 「毀れた街」は「毀した街」だ(タルホ氏) 省三氏の詩は「薔薇と泪とあれと」である。僕はいつも思つてゐる。衣卷自身がいろんな色彩と匂ひの詩を持つて歩いてゐると。 (モオニングにラツパズボン) 省三の詩は空気の匂ひがする。いつも孤独のエ…

伊藤整「數個のエスプリに就て」『FANTASIA』第三輯

★衣卷省三 4 現象のすべてをエスプリに歸納させるのが彼の秘密だ。 5 エスプリの秩序のための現實の解體作業。 9 彼が笑ふ時はひとつ見付けた時だ。なにか素晴らしいことを。

川端康成「同人雑誌の作品『池のほとり』其他」『時事新報』八月三日

最も特色のあるのは、一戸務氏の「春をおくる人々」(新作家)、衣巻省三氏の「落ちたスプウン」(新作家)、阪本越郎、北園克衛両氏の合作の「ムツシユシヤアレ珈琲店」(新作家)なぞである。(中略) 衣巻省三、北園克衛の二詩人の小説は、一般の小説の読…

左川ちか「衣卷さんと詩集『足風琴』」昭和九年十一月一日『椎の木』第三年第十一号

村野四郎「詩集『足風琴』衣卷省三氏著」『詩法』

衣卷氏の詩を讀むことは僕にとつて非常に久し振りだ。あの屈托のない詩集『こわれた街』以來のことだ。 彼の詩のお行儀の惡さは昔ながらのものだが、詩が赤いネクタイをつけて、ちよっとはにかんでゐるところも衣卷氏の儀禮なのである。概して『足風琴』は非…