ぼくの世界も病んでいる
この頃 狹くるしい家のなかにまで燻る
いやな地球の排泄物の臭気に ジリジリ馴ら
されながら きまつていつも 黄昏になると
臥ているぼくの胸の洞穴には やさしく
刺繍糸の祈りが充ちてくる
あれは爆傷でひきつつた
黒い天使の片えくぼであろうか
ああ あなたのたべもののように
裁きの空からは 信じられないほど
うつくしい骨の灰が降つてくる
その頃 とある廃苑の涸れた噴水のほとり
に ぼくの愛はいつもと同じカーヴを描いて
ゆく うつつともなく やがて あの眩暈に
も肖た饗宴の果てに 一茎のグラジオラスの告
白を 風はしみじみと聞いていた
あわれ 死の螢光燈にひたりながら
人見勇詩集『襤褸聖母』より
遁走のうた
或る殺意をひめた
ジユラルミンの波動が遠のいてゆく
さみしい肋骨のアンテナに ひととき
鰯雲のさざなみがうちよせてくる
――ひたひたと 懶惰の脚を洗う 裂けた
地図の湖のほとり 自殺した友をおもう青林
檎の歯型に なおも 鉄路づたいに迫つてく
る 銹びついた鎖の階段の風…たしかに
たつたいま 世界の何処かで試みられている
最後の輪投げに おののく折れ蘆のかげで
ぼくは あの墓石のように聳つ 嶺々のし
づけさに 悪い胸を圧されつづけていた ひ
とり しろがねの柩の釘穴をみつめながら
ああ 天の檻に光る
窶れはてた父の斧の瞳
あなたの聖書の灰が降りかかる
このパンを けさもさわやかに焼きながら
またしても ぼくは
こつそり 注射針の企みに堕ちてゆく
花芙蓉の露をつき刺す
夜光時計のひややかな速度のなかに
人見勇詩集『襤褸聖母』より